幾年月もの日々を重ねてから滴り落ちた、純度の高い岩清水。それが、HaLoのアルバム『green』を最初に耳にした時の印象だ。参加ミュージシャンも幅広く凝ったアレンジに仕上がっているのに、無駄なくさり気ないアコースティック・サウンド。その清らかな音の隙間から、HaLoことayakoの歌がやさしく現れる。『blue』(2000年)、『yellow』(2001年)と続く色彩三部作の完結編であり、前作から16年ぶりという歳月を経て、満を持して発表された作品集である。
収録曲は全11曲。オリジナルからカヴァー曲まで様々なタイプの楽曲が揃っており、そのラインナップだけを見てもバラエティに富んでいることがわかる。ayako自身以外の作家陣もアジアからヨーロッパまで広範囲に渡っており、伝統的な民謡からビートルズのカヴァーも含め、国籍や時代を軽々と超えているのがHaLoならではといえる。この特徴は、色彩三部作すべてに共通しているが、本作はその集大成といってもいいだろう。
実際、レコーディングも世界中で行われており、ロンドン、ヘルシンキ、アテネ、沖縄と、一曲ごとにその舞台も変わる。しかも、楽曲やサウンドと参加ミュージシャンが絶妙に交差しているのもユニークだ。例えば、冒頭を飾る「春のような」は、宮武希(元RING LINKS、現在は松永希に改名)の楽曲だが、元ドリーム・アカデミーのケイト・セント・ジョンがアレンジを手がけており、ハープやフレンチ・ホルンなどの響きを活かして美しく気品のある一曲に仕上げている。とても和の雰囲気を感じるだけに、ロンドン録音なのがちょっと意外に思える。かと思えば、そのケイトがメロディを書き下ろし、ayakoが歌詞を付けた儚く切ないオリジナル曲「fall in love」は、なんとニューヨークとブラジルをつなぐ鬼才アート・リンゼイがプロデュースに参加。アートが信頼を置くメルヴィン・ギブスがベースを弾いている一方で、宮沢和史がギターで参加するというユニークな組み合わせが楽しめる。その宮沢和史の代表曲「沖縄に降る雪」を英語詞にした「snowfall in uchina」は、フィンランドを代表するピアニストでありプロデューサーのティモ・アラコティラが編曲。アコーディオンの名手マリア・カラニエミが参加しただけでなく、ベースに今は亡き元ミュート・ビートの松永孝義も加わっているのだ。これらの連鎖だけでも、時空を超えた作品集と称したい訳は伝わるはずだ。
他にもいくつか特筆すべき点を列挙しておこう。中期ビートルズにおけるもっともメロディアスな一曲である「in my life」のカヴァーは、アルカディアンズやボーダー・ボーイズとして活躍した英国のポップ職人ルイ・フィリップがアレンジ。ヴィブラフォンやストリングスを活かした独特のドリーミー・サウンドに仕上がっている。またルイは、ピチカート・ファイヴの初期メンバーだった鴨宮諒が曲を書いた「キラキラ」でもブライアン・ウィルソンに通じる独創的な編曲で手腕をふるい、アラン・スティーヴェルのヴァージョンで知られるブルターニュ民謡「Eliz Iza」にayakoが日本語詩を書いた「心を空にしたい」でも大活躍している。
民謡つながりでいうと、誰もが知っているイングランド民謡の定番「greensleeves」を、2005年に亡くなったテルリンこと照屋林助の三線を軸に、シカラムータの大熊ワタルがアレンジを施しているのも新鮮だ。香港のバンド、達明一派のメンバーだった劉以達が書いた「夢の瞬間」は、ギリシャの人気バンドであるモード・プラーガルのクレオン・アントニオウを中心にセッション。また、UKトラッドのカリスマ的存在ジョン・レンボーンのギターのみをバックに歌う「woman grows in me」も印象的だ。慶良間の波音とともに山内雄喜と高田漣のギターが響くラストの「南の空」を聴く頃には、すっかり世界中を旅している気分になれることだろう。
しかし、ここまで多様なアレンジやサウンドに包まれていても、HaLoの世界観は一切ぶれることがないのが見事だ。それは、ayakoの歌声に迷いが一切なく、楽曲が持つ美しさを穏やかかつていねいに表現しているからこそだろう。真摯にピュアな気持ちを込めて作られたこのアルバムは、まさに清らかな一雫のよう。HaLoの歌声を全身で浴びながら、殺伐としたこの時代を少しでも心穏やかに過ごせることができればと思っている。
2017年3月14日
栗本 斉(旅&音楽ライター/選曲家)